安心の粗大ごみ回収

今後、この場所以外へ捨てる者があれば、見回りの者が注意し、注意を聞かない者は罰することとした。
」「ゴミは海へ捨てることになっている」というのは、現代の見方からすれば理解しがたい表現かもしれないが、ゴミは道路に捨てずに萩城北側の海岸に設けられた塵捨場へ投棄するよう指示しているのである。 当時の萩城下町のゴミは、江戸のゴミと同じように、瓦や土砂が主であったのではないかと想像される。
武士も町民も一度使った紙はすき替えて再生するか、ふすま襖の下張りに用い、燃えるゴミは風呂場や「かまど」の燃料に利用し、台所から出る生ゴミは牛や馬の餌になったと想像されるから、実際に藩の定めた「塵捨場」に捨てられるゴミは極めて少なく、海岸の一角に投棄しても環境汚染には至らなかったのであろう。 なお、同古文書の記載によれば、屋敷内でゴミを燃やすことは禁止されている。
要するに、江戸時代には、幕府があった江戸の町でも、地方の藩庁があった萩の町でも、処分が問題になるほど大量のゴミは出なかったと考えられる。 明治時代のゴミの始末明治時代こ八六八1一九一一年)に入って、日本は近代化の時代を迎えて各種の産業が発展する。
したがって、家庭や事業所から出るゴミの量も増えてきたのではないかと考えられる。 しかし、この時代にも燃えるゴミは町の風目匡(公衆浴場)や、何でも燃やすことができた家庭の据風呂や五衛門風自(主に関西から西の地方で用いられた鉄釜の風呂)の燃料となり、庭や畑のある家庭では台所から出る生ゴミは穴を掘って埋める等の自家処理をしていたので、一般の家庭や商庖などから出るゴミの量はそう多くはなかったのではなかろうか。
そして、ゴミの処分は主に凹地への埋立てであったろうと推定される。 一八七九(明治一二)年、伝染病の一種であるコレラが全国的に発生したのを機にして、明治政府はゴミの処理を伝染病予防のための生活環境整備と位置づけて、ゴミ処理に積極的に関与するようになったといわれている。
和気静一郎氏、石川禎昭氏、溝入茂氏らの著作に基づいて、一八八七(明治二O)年以降の明治時代のゴミ処理の歴史についてまとめると、後で述べるとおりである。 このように、日本でゴミの処理法として燃やす方法がとられるようになってきたのは、明治時代後半からである。
しかしながら、そのころの焼却炉は一日に何回か、ゴミが集まったときに着火して燃やす、自然通風式のパツチ炉であった。 なお、海岸に埋立地を確保することができた東京市では、集めたゴミを露天焼却した後に灰や燃え殻を埋め立てるという方法が長く続いており、海が近い大阪市では焼却できない大半のゴミを海洋投棄していたと考えられる明治時代のゴミ処理の歴史年事項1887(明治20) 響視庁令「塵芥取締規則」が制定され,各戸または共用のゴミ容器の据え付げを義務づけ,空き地などへゴミを投棄することが禁じられた。
1891(明治24) 山口県荻町の予算に,塵芥捨用人夫(ゴミを捨てる人)および監督の経費が計上されている。 1897(明治30) 福井県敦賀町に日本最初の本格的なゴミ焼却炉が建設された。

この焼却炉は炉の本体と煙突に耐火煉瓦を用い,自然通風式で1日に何回かゴミが集まったときに燃やす方式で日に約11.3tのゴミを焼却した。 専任の職員はおらずゴミを運搬してきた人たちが燃やす貸焼却炉であった。
1900(明治33) 「汚物掃除法」が制定され,市町村がゴミを含む汚物を処理しなければならないことが法律で定められた。 1901 (明治34) 東京市は深川区の埋立予定地をゴミ投棄場と定め,露天焼却した後に灰や燃え殻を埋め立てた。
1903(明治36) 大阪市は尻無川河口に1日の焼却能力が26.3tのゴミ焼却炉を建設した。 わが国の地方自治体が初めて設置した本格的な焼却炉である。
当時の大阪市のゴミの排出量は1日に約375tと推定されているから,残りの大部分のゴミは海洋投棄されていたと考えられる。 1907(明治40) 金沢市に1日の処理能力が30tの焼却炉が建設された。
1908(明治4l) 神戸市に1日の処理能力が18.8tの焼却炉が建設された。 1910(明治43) 足利市に1日の処理能力が3.56tの焼却炉が完成した。
東京市は東京湾の1号埋立地でゴミの露天焼却を始めた。 大正・昭和初期のゴミとゴミの始末大正時代(一九一二から一九二五年)から昭和初期(一九二六から一九三五年)にかけては、東京や大阪などの大都市を除いては、地方の市町村ではまだ各家庭から出るゴミを収集して処理する必要に迫られてはいなかった。
燃えるゴミは風呂屋や家庭の風自の燃料となり、生ゴミは肥料または豚の餌として利用された。 一九一八(大正七)年、大阪市に建設された大型の焼却炉はわが国で最初の送風式の炉であった。
東京市も、一九二四(大正一三)年、大崎に初めて塵芥焼却場を完成させ、一九二七(昭和二)年には大井塵芥焼却場、一九二九(昭和四)年には深川塵芥焼却場が稼働しているが、いずれも現在のような大型の焼却プラントに比べると、極めて小型の焼却炉であり、ばいじん等の対策は考慮されていなかった。 当時は、地方の市町村ではまだ本格的な焼却炉は少なく、収集したゴミは堆肥化もしくは野焼きされることが多かったと考えられる。
M氏の『ごみの百年史』から大正・昭和初期のゴミ処理の歴史をまとめた。 なお、一九三七(昭和一二)年から一九四五(昭和二O)年にかけての第二次世界大戦中には、全国的に消費物資が不足したために、ゴミのなかの用紙や繊維、金属類は徹底的に再使用され、役に立たなくなった紙や木製品は撚料に利用された。

また、厨芥類は積極的に家畜の飼料や堆肥として利用することが推奨されたので、ゴミ処理の問題は全国的に緊急な課題ではなくなった。 大正・昭和初期のゴミ処理の歴史年事項1916(大正5) 大阪市に18炉で処理能力が2万貿(75t)/日の木津川焼却場が建設された。
1918(大正7) 大阪市に4基16炉で処理能力が4.8万貫(180t)/日の木津川第2焼却場が完成した。 この焼却場の焼却炉はわが国で最初の送風式の炉であった。
1924 (大正13) 東京市大崎町に処理能力6千寅(22.5t)/日の町営焼却場が完成した。 この焼却炉は後に東京市に移管された。
1929 (昭和4) 東京市に処理能力が262.5t /日の深川塵芥処理工場(第1工場)が竣工した。 当時の東京市のゴミの排出量は1日当たり900tで,焼却場で焼却した残りのゴミは露天焼却していた。
1932 (昭和7) 東京市深川塵芥処理工場の第2,第3工場(675t /日)が完成した。 第1工場と併せて東京市の1日当たりのゴミの焼却能力が937.5 tになった。
1933(昭和8) 東京市の深川塵芥処理場周辺の住民から,焼却場から出るばい煙について苦情が出た。 いわゆる,焼却場のばいじんによる大気汚染の苦情である。

東京市は,住民を説得する一方で,焼却方法の検討を始めた。 1937(昭和12) 支那事変が始まった。
1945 (昭和20)年に第二次世界大戦が終わるまで,全国的に消費物資が不足したのでゴミのなかの用紙類や繊維類,金属類が徹底的に再使用されてゴミの排出量が減少した。
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